太陽のような愛を持って、頭痛の人を救っていこう

頭痛治療家を育てる日比塾

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整体セミナー
公開日:2017.07.09

【整体セミナー】頭痛治療家を育てる日比塾誕生記 パート① 

頭痛整体「日だまりショット」の普及のため日比塾を創設して2年半になります。原点となる第1号の先生を紹介するとともに彼女がOLから治療家になり、やがて100万円を超えるスーパー治療家になるまでの物語をご覧ください。もし、あなたが整体院の経営に行き詰まっていたり、「手に職をつけて人のために生きたい!」と思ってるガッツのある人間にこの物語を読んでいただきたいと思っています。まさに日比塾の最高のモデルケースです!

第1章 ケータイ電話売ってるOLが登場

彼女の名前は、藤井見咲。ケータイ電話iphoneを売っていた女である。彼女の日比塾への登場は強烈だった。どうしてケータイショップの姉ちゃんが頭痛治療家の道に目覚め、あっという間に月100万円も売り上げるスーパー治療家になったのか?少し歴史を巻き戻してみよう。(以降見咲先生と呼ぶことにする)

見咲先生のお母さんがひどい偏頭痛持ちで蒲郡にある日だまり整体院という頭痛専門の整体院に通っていたことに始まる。隣町の豊川市というところから、通ってくれてる優良患者だった彼女のお母さんは、とても品があって礼節正しい方で旅行が好きな人だったので富士山の話をしながら、私は毎回の治療がとても楽しみだった。お母さんが通ってくれて1年も経ってだいぶ頭痛も出なくなっていた頃でした。「ソフトバ○クのケータイショップで働く娘がいて、とても忙しくて頭痛もしているから今度連れてきますね!」と言っていた。それから半年ぐらい経っていた。あとで聞くと10回ぐらい言われたらしい(笑)「休みの日になるとまた遊びに出ていちゃう」と嘆いていました。

2月の初頭、寒い風の吹く中央公園の前の日だまり整体院に二人はやってきた。藤井さんのお母さんと赤いコートに白いマフラーをした娘が登場した。とても礼儀正しく入ってきたので、このあと起こる爆裂ガールぶりを想像できなかった。

第2章「先生、塾に入ります!」

「頭痛がして顎が痛くて、仕事を休んでます。」と問診を受けて日だまりの頭痛治療に入った。お母さんの娘を見る眼差しがとても優しかった。どこの家も我が子はいくつになっても可愛いものだと思った。この二人の友情が永遠に続くことを心より願っている。

娘の見咲さんは施術を受けながら、今までの人生とケータイショップでの活躍ぶりを熱く教えてくれた。彼女は、先日ソフトバ○クの全国スタッフの中で、孫正義社長から優勝のトロフィーをもらっていたのだ。その苦労話を話してもらった。ケータイショップの店員はみんなクタクタに疲れてるから、私も自分の手に職をつけて自由を得たいんだ!という思いを強く訴えていた。私は、B型の人が好きだ。「こうだ!」と決めたら突き進むとこがあるからだ。そして、私は、もうじき立ち上げる頭痛治療家を育てる日比塾の話をした。

彼女は、「へ〜そうなんですか〜」と不思議な顔して次の予約をして帰って行った。見咲先生のお母さんが「あんたしっかり治しなさい!」と言って10回分の治療代を娘にプレゼントして治療の日々がはじまった。そして、その3回目の治療の時に突然「先生!私も先生の塾に入ります。よろしくお願いします!」と言ってきたのだ。すごい勢いのやつだな!さすがソフトバ○クでトップ取る人間だけあるな!と思った。そして、すぐに「こいつを育てて表参道店の店長に据えるか〜」という考えも起こった。こうして、日比塾ははじまった。

第3章 日比塾のはじまりは、2人から!

現在25名を超える日比塾生もまったくいなかったので、まさに素人を育てるところから日比塾ははじまった。本当は、昔の私みたいな売れない整体師を頭痛治療をマスターさせて売れさせてあげたいという想いがあって創設したが、運命はいろんなパターンをたどるものだ。

第一回メンバーは、埼玉県から入塾した育毛美容家のS先生(美容師さんはお客に頭痛の人が多いので頭痛治療の導入を考えた)と見咲先生(ズブの素人)との半年間だった。これから頭痛の病院を作っていく原点がここにある。東京・池尻大橋のある会議室で第一回目の授業ははじまった。内容も強烈だった。「金脈に手を突っ込め!」というタイトルで突き進んだ。

整体のいろんな学校があり、塾やセミナーがある。しかし、整体技術を身につけて終わり!のセミナーばかりでちゃんと患者さんに感動してもらってお金を払ってもらえる技術を教えていきたいと思う。この時からそれは全然変わっていない。日比塾は、お金を儲ける塾だから!頭痛の人をいっぱい救って、自分も潤うことが大事なんだ。

ちょっと話がずれたが、日比塾は、整体技術の基本から新規集客チラシの作り方、ホームページの作り方、リピートの取り方まで頭痛治療を実際にやって開業して100万円いくプログラムをとことに網羅している。その基盤が、この東京・日比塾で出来上がった。マジシャンと呼ばれた熱い美容師の男と右も左もわからないケータイショップの爆裂女を育てることから全てがはじまった

見咲先生は、この半年後みごと月70万円を突破させて10か月後には、123万円の売り上げを叩きだすまでに成長する。何度も涙をこぼしながら、私の指導についてきた彼女の根性は素晴らしい。そして、人を想う真心こそが彼女を今の位置へ持って行ったのだろう。迷わずに行動した見咲先生は、壮絶なドラマを乗り越え今立派な頭痛治療家として成長している。

次回は、このまったくの素人の見咲先生がなぜ成功したのか?人生を変えて行ったのか?を検証してみたい。お楽しみに!→ 日比塾誕生記②

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執筆者:日比 大介 (http://hidamari-shot.com/)

5年間、まったく人が来ない田舎の整体院から、「頭痛治療」に特化した整体院に変貌をとげて売上を月商200万まで持っていった男。全国で2000万人を救える頭痛治療技術の伝承のため2015年頭痛治療家を育てる日比塾を創設。後継者の育成につとめている。情熱的なトークと一人一人の身になって考える指導がウリ。一回目で効果の出る頭痛治療のビフォーアフターを素人整体師、セラピストに教えています。歌で世の中を変えることをビジョンに掲げ、ボランティア活動「肩こり体操ライブ」でも活躍中.NHK紅白歌合戦出演予定。

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