整体技術
公開日:2016.09.03

頭痛整体で頭痛病院を作るのだ

頭痛整体の可能性を知っていますか?

売れない整体師が、世の中にいっぱいいます。あなたもそうかもしれません。私もず〜〜っとそうでした。待てど暮らせど人が来ない整体院でした。猫がたまに帰りにいるくらい(笑)

元々ミュージシャンになりたくて東京から帰ってきた私は、食べていく道を探しました。歌で世の中変えたくて、もがいていました。頭痛やら体中のだるさを抱えながら渋谷のまちを歩いていました。

30才で地元の蒲郡に帰ってきて、夢の挫折でゾンビのような抜け殻になったいました。1ヶ月ぐらい親とも口をきかずふてくされていました。台風が来たある日、私は海に行き堤防の上で突風に吹かれながら叫びました。

 

「俺はいったい何なんだ〜!」

 

と大海原に向かって、豪雨を浴びながら叫びました。真っ暗な海と闇の中で空っぽな自分を感じました。都会の街にやぶれ、結局は自分の心の弱さで元の自分に帰っていくのが怖かったです。

 

自分らしい人生を生きたい!

サラリーマンをやめてギターを持って東京へ行き、自分らしい生き方で一回きりの人生を生きようと突っ張っていた心が苦しかったです。

今思うとイヤなやつでしたね。社会にもまわりの人にも優しくなくて恥を感じます。

台風の夜、ビショビショになりながら家に帰り何も言わず2階の自分の部屋にたどり着きました。灯りもつけず、テレビのスイッチを押しました。

ちょうどイチロー選手のヒット数世界記録257安打のNHK特集番組をやっていました。

 

びしょ濡れでクタクタの私の体にイナズマが落ちました。「俺、何やってんだ!」「この人は同い年なのにこんなにすごい事やって・・」「これは俺もやらなイカン!」と今まで雲がかかっていた気持ちが去って、自分に対する怒りが、未来へ進むエネルギーに変わりました。

 

輝く人生 整体師の道へ

明くる日から瞳の輝きを取り戻した私は、何で生きていくか?真剣に考えました。そこで、整体の道を見つけるのです。目の死んでる人々をよみがえらせたい!と

思ったのです。せっかくの人生を輝いて生きるために身も心も疲れた人たちを救っていこうと心に決めたのです。一対一で向き合うのも自分に合ってると思いました。

人間の歩む人生の興味があり、いかに自分らしく生きるか?で悩んできた私こそが行う道だと思いました。

 

頭痛整体「日だまりショット」の発見

専門学校やマッサージ学校を10校ほどめぐり、一番治療技術の上手な学校を選びました。そんな時、集客の重要性もまったく頭になかったのでとにかく、一生を生きて行く技術にこだわって学校を決めました。それが「すいな」という中国整体でした。大自然とともに自分があるという東洋医学の考えも自分に合いましたが、一番は、体験でやってくれた女の子の施術が、首の施術が上手かったからです。

私自身、首の筋肉がすぐに張って頭痛やだるさ、自律神経のバランスを崩すタイプだったので「これだな!」とすぐに思いました。上野さんという子でしたね(笑)

そして、3年間の修行を経て中国の病院での研修で、首の神経の授業において自律神経の話をしてくれた時「あ〜やっぱりコレだ!」と自分の体の不調が起る仕組みを理解しました。

あなたも心やさしい整体師なら知ってると思いますが、心が緊張すると首の筋肉が張りますよね。この反応こそが頭痛の原因にいたる道だと発見したのです。それから頚椎2番のズレの問題が根っこの問題だということがわかってきました。自分の不調は、自分で治せる状態までできていました。

それが、今の頭痛治療(頭痛整体)の基礎です。

 

しかし、学校が教えてくれるのは、教科書通りの経絡にそって押していく指圧系でした。

「これが整体かな〜?」と心の底で疑問をかかえながら、専門学校を卒業しました。

研修でいろんな患者さんを診ましたが、暗い人が多いな〜というのが印象に残っています。

それは、あとから分かることですが、先生が暗いと患者も暗いです。

 

何でもやるヘコヘコ整体院は売れなかった。

今では、偏頭痛専門でやってる私の整体院ですが、10年前開業当時は何でもやる整体でした。一人一人をしっかりみるため1時間半のワクを作って患者さんどうしが重ならないように配慮しました。まったく人が来てないのに完全にお客に媚びていて、「治療」という概念がまったくなかったです。

町の整体院はどこも1時間5000円とか6000でやっていたので、もっと来やすくするために4000円にして開業しました。安くて丁寧な施術とやさしい応対を心がけましたが、全然人が来ませんでした。たまに来ても「先生、また電話します」とリピートが取れません。

おばあさんの膝の痛みを取ったり、ぎっくり腰の人をマッサージしたりしていました。肩こりや五十肩、背中の痛みを施術していました。やってることは、全身マッサージに近く、長い時間マッサージすることでごまかしてる治療だったと思います。

予約表はほとんど白紙で6年間が過ぎました。朝の9時に一人と夜7時に一人の予約そのあいだの8時間じ〜〜〜〜っと人を待っていました。というか寝ていました。バカな日々だったと思います。人が来ないと本当にやる気をなくしますね。

 

感動!!予約の電話が鳴った日

私は、これでは人生が終わってしまう!と焦って人を集める方法を探します。ミュージシャンでも人気出なかったから、整体師でもオーラがないのかな!?と自分の才能を疑いながらネットで「整体院の集客法」をいろいろ探しました。

ついにマーケティングという集客技術を学ぶことになりました。本物の治療家が教えるマーケティング塾でしたから、まさに実践向きでした。それから3年間みっちり学ぶことになるのですが、50万払って翌月から毎月10万円ずつ売上があがっていきました。

人は集めれば来る!ということを知りました。広告をまったくしてなかった私はビックリしました。予約の電話が鳴る音は素晴らしい音でした。今でもあの感覚を忘れません。鳴らない電話がどんどん鳴るようになりました。人がやってくる整体院になった私は、心の中で「よし!」とガッツポーズをしました。

しかし、そこからが闘いのはじまりです。リピートしないのです。8月に25人集めても、翌月9月にはゼロになってる状況が待ってました。つねに集客しないと回っていかないザル状態でした。一回で人が去っていくさみしさを知っていますか?

 

頭痛整体院の誕生

元々、頭痛を治すのが得意だった私は、頭痛に特化した整体院に変貌させました。何でもやる整体院の4000円治療から、薬も効かない偏頭痛を治す10000円の頭痛治療に切り替えていったのです。だんかいはあったものの、リピート率は70%を超えてザル整体院から卒業することができました。

 

何でも整体院では考えられない遠方(車で2時間とか)の患者さんが来院するようになりました。今では予約表はマンパンになって、休みがほしくてたまりません。そのために塾生を育てて頭痛を治せる人を増やして、全国の世界中の頭痛で悩む人を救っていこうという志をたてています。

あなたももし心やさしい整体師で昔の私のように売れてないなら、頭痛整体の道を考えてみてはいかがでしょうか?

 

頭痛患者さんの頭痛を治し、その人らしい人生にしていく。

あなたも頭痛治療の役目を果たし、自分らしい人生にしていく。

 

たくさんのいい瞳をした治療家のあなたに会えることを楽しみにしています!

 

頭痛治療は人に感動を与えることができる芸術である By 頭痛治療家 日比大介

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執筆者:日比 大介 (http://hidamari-shot.com/)

5年間、まったく人が来ない田舎の整体院から、「頭痛治療」に特化した整体院に変貌をとげて売上を月商200万まで持っていった男。全国で2000万人を救える頭痛治療技術の伝承のため2015年頭痛治療家を育てる日比塾を創設。後継者の育成につとめている。情熱的なトークと一人一人の身になって考える指導がウリ。一回目で効果の出る頭痛治療のビフォーアフターを素人整体師、セラピストに教えています。歌で世の中を変えることをビジョンに掲げ、ボランティア活動「肩こり体操ライブ」でも活躍中.NHK紅白歌合戦出演予定。

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