独りごと
公開日:2016.10.05

日比大介が整体師になった理由とは?

僕が整体師になった理由

第1章 売れない歌手の叫び

どうして整体の仕事を始めたのか?ってよく聞かれる。一言では言えないから、「20代の頃頭痛があって自分で治せる方法見つけたから」とか「マッサージが昔からうまいと言われていたから整体師になった」と答えてる。ウソじゃないけど・・・切ないあの日を思い出す。

この会話をする時僕はいつもあの日を思い出す。あれは13年前、8月末の台風の夜でした。僕は、蒲郡の海に向かって立ち尽くしていた。市民プールの南にある堤防の上に乗って、僕は叫び続けた。荒れ狂う台風の突風に吹かれて、僕は必死で叫んだ。

「一体、俺は何なんだ!」

「俺は何して生きていくんだ!」

夜の海は真っ暗闇で、まるで僕の人生を表しているようで笑えます。左の方に竹島が霞んで見えるけど、また突風と豪雨が僕の体を打ち付けてまったく前が見えません。魂が抜けていく感じがしました。悔しい気持ちや怒りが自分の弱い心をガンガンと叩いていました。

疲れ果てた僕は、とぼとぼ家に帰り2階の自分の部屋にずぶ濡れのまま階段を上がりました。電気もつけずにソファーにずっかと座りテレビを睨みつけました。リモコンでテレビのスイッチを入れると画面は、イチロー選手を映し出していました。彼はNHKでの独白インタビューを答えていました。淡々と自信をたたえて、ヒット262本の世界記録の証明を語っていました。

嵐のような僕の心が、とても穏やかな凪(なぎ)のように静かになったのを覚えています。そして、次の瞬間こんな言葉が浮かびました。

「俺は、何やってんだ!」「同じ年の彼が世界でこんなに活躍してるのに、まだ俺はこんなところでウダウダしやがって・・・!」「いつまで周りに迷惑かけてるんだろう」

そうゆう想いがどんどん溢れ出てきました。僕は泣きました。悔しくて、どこか嬉しくて、消えていた種火にポッと火がついた気がしました。クタクタになったけどよく寝れました。朝がやってくると自然と笑顔が浮かびました。ベランダから朝日を浴びて五井山を見上げました。「俺、やれるな」という想いがありました。

「何やって食っていこう?」

それから僕は、職探しを始めました。サラリーマンは今さら無理だし、親に仕切られたくないし、自分らしい仕事をして生きたいと思いました。歌の道が捨てられずに父にまた音楽をやるために東京に戻ると言って勘当を言い渡されたことを思い出します。

そんなバカ息子は、30歳の誕生日を迎えようとしていました。ある広告を目にします。それは、父が電話帳で調べてくれた「整体師の学校」の広告でした。マッサージをして生きていこうとうっすら思っていたのですぐに電話しました。

自分らしく生きるのに苦労した僕だからこそ、自由に生きる喜びを届けたいと思いました。それは、歌の道と同じ志でした。でもこの道は歌の道と違って人に迷惑かけないし、それどころか人に愛を配ることのできる仕事だなと思ってますます心の中にファイアーが燃え盛っってきました。

第2章  大きな穴に落ちた日

ある日 ぼくは大きな穴に落ちました。ぼくは一般的に生きるのが、すごいすごいイヤで、となりの人と同じような人生になるのが、すごいすごいイヤで、仮面をつけて「人生こんなもの」と言って通勤するのが、すごい憎かった。

だから、ぼくは、音楽の道へ逃げたのです。まるでベルトコンベアに乗せられて、大学まで行って、就職部の面接でやっと気づいたのです。就職先のページをぺらぺらめくって、この中から一つ決めろ!決めろ!っていきなり決断を迫られて、ぼくは納得がいかなかったのです。

親にアルバイトに行ってくるとウソをつき東京行きの電車に乗りました。田省吾のマネをして、「夢を叶える」なんて置き手紙してかっこつけて・・・ぼくは、音楽の夢を追ったわけではありません。

人生が勝手に決められていくベルトコンベアに乗りたくなくて、飛び降りたのです。品川駅を歩く雑踏のロボット星人になりたくなくて、現実から逃げたのです。尖った目つきで社会を憎み、親のまじめな姿に固い親だとバカにし、「俺をなめるな」と恋人を傷つけて東京新宿の町をやぶれたジーパンで歩いていました。

「おれの音楽で世界を変える」と叫び、路上ライブやライブハウスで歌を歌ったこともいつの間にか、アルバイトの生活に飲み込まれて、あっと言う間にゾンビのようになっていきました。フロームエーで見つけた時給1200円の高額バイトに目がくらみ、違法カジノで働きました。

トイレチェックの時に何度も自分に「大介、大丈夫か?」と自分に問いました。落ちて行くような疾走感と誰にも所属してない充実感におぼれていました。しかし、これっておれのやりたいことでないとある日アルバイトを飛び出しました。

青空がまぶしかったのを今でも覚えています。やっと自由を手に入れたと思った時、すべてを失う出来事がおきました。アルバイトをやめて貯金が60万くらいあり、これならしばらくバイトやらなくていいな。

人間を取り戻そう。そして、初心の「音楽の道」をもう一回やろうと心に決めていました。ぼくは、毎日最寄り駅の荻窪駅のルミネの前で、路上ライブをはじめました。やっと歌が歌えるぜ!と自分の作った歌を冷たい世間の風に向かって叫んでいました。

 

 第3章 詐欺師との出会い

ある日がやってきました。 歌い終わって目を開けると、男が立っていました。

男は、「君の歌声はすばらしいな。君をスターにしてあげようか」そう言いました。 「ぼくは、酒井法子を育てたS というものだよ」 彼に連れられてロイヤルホストに話をききに行きました。人生は、この瞬間に音を立てて一変してしまいました。

 

男は、詐欺師だったのです。

 

ぼくは、彼の言いなりでした。「実家が億万長者だから、それを大ちゃんに全部投資する」とか「新宿コマ劇場で、今度の夏にステージにあがらせてやる」とか「酒井法子の夢冒険より「いい曲」を大ちゃんに歌ってもらいたい」とかいう言葉で、ぼくは完全に奴隷になっていました。

裏カジノのアルバイトで100名以上のチーフとして威張り散らしていた影はまったくなく、ぼくは、単なる男のマリオネットに成り下がったのです。たった1ヶ月半の出来事でした。

彼と一緒に青梅海道を何キロ歩いたことだろう。何度も彼のもとを飛び出し、やりきれなくて図書館に閉じこもったこともありました。

そして、真夏の8月。

ギター5本、すべての生活品を東京に置いて、地元蒲郡に逃げ帰ってきたのです。詳しくは語りませんが、自分らしく生きようともがき、結局ダメになって帰ってきた自分がくやしくて、くやしくて何度となく、その詐欺師を殺しに行こうとしました。

母の親の恵美子ばあさんに「大介、バカなことはやめとけ!」と叱りつけられました。それにそんな根性もなかったのでしょう。それより、これからどうやって食べていくか悩みました。魂の抜けたゾンビのぼくは、再び歌をやりに東京に行こうとしたのです。確執のあった父との話で、「お前には、音楽の才能はない」とはっきり断ぜられ、「どれだけ家族を苦しめれば気が済むのか?」と諭され、胸がぐちゃっとつぶれる音がしました。

 

第4章  復活の炎

8月の台風が過ぎて、ぼくは整体の道を選びました。あの一ヶ月半の事件は、夢だったかのように、ぼくの心に再び火がつきました。今から13年前の出来事でしたが、本当の話です。

今日、「日だまり整体院」は、11周年です。ぼくの整体院の前には、神社があります。石段をのぼって、毎日お参りするのが日課です。

ぼくは、思います。あの日、荒んだぼくを詐欺師にめぐり合わせて、「ここで真面目に人に施せ!修行せい!」と神様がこの地に整体院をたてさせたのだと信じています。今は、詐欺師のことはまったく恨んでいません。

むしろ人生を教えてくれた師匠の一人だったと思います。本気で生きることから逃げて、カッコだけで結果を出そうとしたずるいぼくを神様は、思い切り叱ってくれたのだと思います。

人生の旅の中で、たくさんの人と出会っていくストーリーがあり、登場人物に役割があるんですね。最高のドラマを見ています。宇宙と一体になって、本気で人を愛し、本気でお金を稼ぎ、自分の人生を自分らしくしていく流れがはじめからあるということに気づきました。

僕が整体師を選んだ理由は、神さまの思し召しです。あとは付け足しの理由です。大好きな音楽で人を癒すのと同じように、人々に整体で人を癒すことをしたいと思うのはありますが、本当はここに書いたストーリーが今の僕の原点であります。

自分らしく生きられずに苦しんだ男が、どこかこの国に忘れられてる本当の幸せである「日だまり」を届けたい!という気持ち。あの日に生まれた悔しい気持ちが原点にあります。僕は、愛知県蒲郡市という日本の真ん中片田舎で一人整体院をやっています。僕は、この町から日本をあったかい国に変えていこうと思っています。

人々が今の暮らしや生き方に納得いかずにもがいてる姿を見て、何としても瞳を輝かせる人生になってもらいたい!とそう思って毎日を送っています。整体師の道は素晴らしい道です。人に生きる光を届ける素晴らしい道です。もし、あなたが人生のものすごい挫折や苦しみを知ってるなら、どうぞその体験を人を癒す道に使ってください!そうすることで、人は救われあなたも救われていくことでしょう。

毎日が日だまりのような優しい世界が訪れます。ニコニコ笑いあえる思いやりのある世界がそこに生まれます。悲しみの後には、笑いが生まれます。そう信じて生きましょう。

今日も日だまり整体院では、13名の人生の猛者(もさ)が待っています。彼らの苦しみが取れて笑顔が生まれるように頑張ります。午後には保育園にライブをやりに行きます。いつの間にかずっとやっていた歌と整体が合体して、毎日が日だまりライブになっています。

運命とは、本当に不思議なものです。昨日、新曲ができました。かなりヒットすると思います。東京がまた僕を待ってます!あの日の匂いが胸をしめつける朝です。五井山に挨拶して、今日を始めます。いつもありがとう!

歌手・整体師・詩人・ダンサーに加えて小説家の道も出てきて悩む頭痛治療家 日比大介

 

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執筆者:日比 大介 (http://hidamari-shot.com/)

5年間、まったく人が来ない田舎の整体院から、「頭痛治療」に特化した整体院に変貌をとげて売上を月商200万まで持っていった男。全国で2000万人を救える頭痛治療技術の伝承のため2015年頭痛治療家を育てる日比塾を創設。後継者の育成につとめている。情熱的なトークと一人一人の身になって考える指導がウリ。一回目で効果の出る頭痛治療のビフォーアフターを素人整体師、セラピストに教えています。歌で世の中を変えることをビジョンに掲げ、ボランティア活動「肩こり体操ライブ」でも活躍中.NHK紅白歌合戦出演予定。

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