整体技術
公開日:2016.10.14

【整体技術】小説「頭痛が治った日」③最終章 森林の道

頭痛整体は、人生の整体である。

頚椎2番というとても繊細なセンサーを備えた人間の道が、そのズレによって歪み、そのズレによって苦しみ、そのズレによって違う人生になる。私たち人間は、人生において起こるドラマに反応しながら、影響を受けながら暮らしている。あなたもそうやって生きてきたに違いない。石田さんは、頭痛整体を受けることで、元の笑える生活を取りもどすことができました。そして、頭痛が治ったことだけでなく、新たな人生の道に立つことになったのです。今回は、「頭痛整体は、人生の整体」最終章です。(初回はこちら

辛かかった時代の吐露

たった一回の治療で3年の頭痛が消えた石田さんでしたが、左の首のつまりは歴史がありクセができてるため、彼女は、日だまり整体院に通院することを決めた。10回コースで完治させることを心に決めて、二人三脚の頭痛治しの日々が始まった。私は思う。治療は、治療者だけが頑張るものではないと。患者の「治そう!」という本気の想いがあってこそうまくいく芸術だと思っている。10年20年あったひどい頭痛が、たった数回で治るならそれは芸術と呼ばずに何と呼ぶのだ。頭痛のない新しい人生の出発に向けて、石田さんの瞳はますます輝きを増した。彼女は、とてもよく話してくれるようになった。

「先生のおかげです!こんな風になれたのは、今日は母も耳鳴りがあるので先生に治療をお願いしたいと思っています。」と言って、お母さんを紹介してくれた。

お母さんからも石田さんの頭痛で苦しんだ話を聞いた。いつも仲良しの母と娘にこんな苦労が覆いかぶさっていたとは?人生の不思議を思う。石田さんは、家でもすごい明るくなって友達にも電話をかけれるほどになってると。先日は、九州まで二人で旅行してきたこと。エグザイルが好きなので、コンサートに行ってきたなどの話。頭痛が起こると恐怖だから、大好きな音楽を聴けなかったようだ。モノクロだった生活が、日に日にカラーになっていくのが楽しいそうだ。治療家として役割を果たしてる感じがとても嬉しい。

石田さんは、治療中に苦しかった時代の話をしてくれた。

「先生、私は薬はもう絶対に飲みません。」

「薬って本当に怖いんですよ。私は、頭痛がひどかったから頭痛外来や脳神経外科に行って薬をもらっていたんですけど、全然よくならなくって・・・・病院の先生が、これは、ストレスからきてるからウツ病だね。と言われて心療内科に紹介状書いてくれたんです。」

よくあるパターンで、頭痛外来から心療内科に回されて薬づけになってしまう人が他にもいっぱいいる。これは、由々しき問題だと思う。頭痛の根本を治療せずに薬で押さえつけてるだけなのだ。臭いものに蓋をする方式のやり方だし、ミサイルで悪いものをやっつける戦争方式だ。結局、根本原因を治さないから、戦争が終わらないんだ。

石田さんは、続けた。

「でね先生、私は、心療内科に回されること自体おかしいな〜。と思ったんです。だってちゃんと笑えるし、精神的に病んでるつもりなかったから。でも病院の先生が言うから仕方なく行って、またそこでも薬をもらって飲んだんです。そうしたら、幻覚が現れ始めたんです。頭痛は軽くなったんですが、意識が飛んで急に眠ったり、バスタブの中に体操座りして座っていたり、友達のわけにわからないことをメールしたり、でもその事覚えてなくて、後で友達から電話かかってきて「大丈夫?」って言われたり。なんかもう自分が壊れていく気がして・・・・ある日、薬をぜ〜〜〜〜んぶ捨てたんです。もう嫌だ〜〜〜!!!!これは違う〜〜〜〜!!!!って叫んで、捨てたんです。」

彼女の目は、ベッドに寝ながら天井の遠くの方を見つめている。可哀想な人を見るような目つきで、少し涙ぐんでいる。私は、デスクにあるティッシュを彼女に渡した。彼女は、ありがとうございます。と言ってティッシュを受け取り、涙を拭かずにその後を続けた。

「薬は怖いですよ!やめた途端に、ものすごい激痛の頭痛が襲ってきたんです。ガーンって頭の中でカナヅチが叩く感じの当たってくる痛さなんですが、終わらないんですよ。もうどうしよう?ってなって、でももう薬飲んだらまた幻覚になるって思ったから耐えるしかなくて・・・・。」

石田さんは、はじめて頬からこぼれ落ちる涙を拭いた。ティッシュを丸めて左の掌でぎゅっと握りしめた。

「すいません。もう本当に辛くて、こんなのが続く人生だったら終わりだなって何回も思いました。母にも当たって、何もできず。本当に暗闇でした。それが三ヶ月ぐらい前で薬の副作用が消えてきて少し頭痛が軽減したんですが、頭痛を耐えてるとめまいが起こってきて自分の中で何が起こってるのか全然わからなくて。もうダメだな〜〜ってなちゃって」

石田さんは、天井に行っていた目を私の方に向けて言った。

「そんな時に先生のホームページを見つけたんです。コレだ!って思いました。この先生が私の頭痛治せるって思いました。何かわからないけど、直感です!病院を探していたんですけど、先生のホームページが目に飛び込んできて、薬じゃなくて手で治してくれる!」

彼女は、いい顔をして笑っている。希望に満ち溢れるってこういう顔になるんだって顔だった。目には、生命力が出るっていうのは本当だ。彼女の暗闇と希望をこの数日間で見させてもらいました。まさに整体院は、大劇場のようなドラマがおこっていた。

「石田さん、これから頭痛がなくなっていきます。新しい人生ですので、生まれ変わったつもりで生きてください。決して、今までの苦しみは無駄ではなくて、きっと何かを財産で教えてくれてことだと思います。」私は、自分の人生に照らし合わせて言った。

「はい。先生、これからもよろしくお願いします。もうよくなっていく気しかしてません。」

これだけ意気揚々としてる石田さんを見て、調子に乗りすぎて大丈夫かな〜と思うほど喜びにあふれていました。私も彼女から頭痛患者の本当の苦しみを教わっているのだ。人生のドラマとともに頭痛があることを魂をかけて教えてくれてる。石田さん、ありがとう!

森林の道を歩く

治療の日々は続きました。公園の日差しも秋の雰囲気をさせて、あれだけ激しく鳴いていたセミの声もツクツクボウシに変わっています。9月の始まりは、夏の思い出が去っていくようで少し寂しさを感じます。毎年、同じように季節が巡るけど、同じ人生は二つとなく、二度とない。一生懸命に一夏を生きるセミのように私たち人間も懸命に生きよ!と教えてくれる。

8回目を数える石田さんの治療もメンテナンスの施術に入ってきている。頭痛もなく、めまいもない。睡眠も毎晩よく取れていて、石田さんのお母さんから「ゆうこが、あれだけひどかったのがウソのようで、先生、ゆうこの頭痛は軽いものだったんでしょうか?」と電話をかけてくるぐらいだった。全然そんなことはなかったのだ。首のつまりが激しく、頚椎は左にハッキリとズレていた。あのつまりを抜かないかぎり、石田さんの頭痛は今でも変わっていなかっただろう。病院では、あのつまりを発見できないでいることが不思議でならない。薬ではない自然療法で頭痛を治す病院を作ろう!という想いが私の胸にある。計画を急がねばならない。

9月10日、晴れ。AM11:00ちょっと前。日だまり整体院の前に黒いワンボックスカーが止まった。石田さん親子だ。あの日を思い出す。初めて不安そうにやってきた8月のあの日を思い出す。彼女たちのシルエットは、とても楽しそうに公園の方を見ている様子に見えた。

私は、整体院の玄関から外に出て迎えた。「こんにちは!今日もいい天気ですね。」

石田さん親子は、「先生、いい公園ですね!」と目を輝かせている。

「石田さん、お母さんも一緒にちょっと歩きましょう!」と公園の散歩に誘った。

「はい。いいですね〜」と石田さん親子。不思議な光景だ。患者と公園を歩くのだ。

いつも整体院の中で会う患者と治療家が、自然の中、公園を歩く。彼らは、神社の階段を登り、午後の穏やかな森の空気を吸い込む。三人の人生を合わせていく小旅行だ。公園の裏の土手に出た。裏手からは、のどかなみかん農家が見える。小さな田舎のささやかな暮らしの音が聞こえる。3時を過ぎた日差しは、嬉しさと切なさを共存させている。

「石田さん、ここからもう少し歩くと蒲郡の町が展望できるんですよ。」私は、親子二人を先導して林の道を歩いた。いつも朝に歩くコースだ。この林道を抜けて、光が見えてくるシーンが大好きなのだ。2分もすると、前方から明るい町が見えてきた。トンネルの上の広場に出た。

「わ〜〜。すごい!」「海まで見える〜〜!」「あ、新幹線!」

石田さん親子は、蒲郡の町を見張らした。海の向こうの水平線の上の空まで見つめて二人は何を思っただろう!?その下に広がる地方都市ガマゴオリ。スーパーや薬局、高校など現実の社会現場が広がっている。左前方に弘法山が見える。

「あの観覧車のとこが、ラグーナで横に見えるのが弘法さんですよ」と私が言うと石田さんのお母さんが、

「あ〜私の町にも弘法山があるんですよ」と得意そうに答えた。「いいとこですね!」

連れてきてよかった。少し風景を眺め、そのまま整体院への帰途に着いた。土の道を歩く。現代人が土を踏むことはほとんどないだろう。私は、毎日この土を踏むことを日課にしている。スニーカーで踏む土がとても気持ちがいい。アスファルトではない、コンクリートではない生きてるあったかさや生命力が足の底から伝わってくるのだ。いつも思う。もし、人生に辛いことがあったら、この土を踏みに来ようと思ってる。人間は皆、土に帰る。土を知ってれば、怖くないだろう。どうせ死ぬんだから、この土を踏んで今をかみしめることが人生なんだと強く思う。

「あ〜〜気持ちいいですね〜」と石田さんが言う。林の木々があいさつするかのように揺れている。笑っているように見える。三人の後ろ姿を見つめるように傾きかけた太陽の日差しが優しく背中を撫でている。石田さんの横顔は、生きてる喜びとともに過去が消えていく切なさをたたえていた。林道は、左にカーブして整体院への下り坂になっていく。林を抜ける瞬間、空気が新しくなる感じがした。体が軽くなったような感じだ。さあ、治療院に戻ろう!

「先生、私も頭痛治療家になります。」

頭痛治療の日々は続いた。石田さんは、まじめに通いもう三ヶ月たったある日だった。頭痛もまったく出なくなり、左目の奥の重さも無くなった。めまいもだるさもない。夜もよく眠れてるようだ。この日も何かいい事あったような顔をして予約時間少し前にやってきた。

「はい。では、石田さんどうぞ!」と私は、もう20回目超えただろう!?名前を呼んだ。

「よろしくお願いしまーす!」彼女は、楽しそうに施術ルームに入ってお辞儀をした。

いつものように左の頚椎を中心に治療をして、後頭部のコリを溶かした。もうだいぶコリのたまるクセは無くなったようだ。始めの頃に教えた頭痛予防のセルフ体操も続けてやっていると言っていた。首の位置がだいぶ軸が通って、しなやかさが出てきている。もう大丈夫だな!と思った。秋も終わり、11月の冬の季節がやってきている。カーテン越しの公園の風景は光にあふれているが寒そうだ。ベンチに座ってる老人も杖をついて固まって動かない。彼らは何を見つめているんだろう?そんなことを思いながら、冬の空を見上げると石田さんはこう言った。

「先生、私も先生みたいに頭痛の人を救いたいです。弟子にしてくれませんか?」

一瞬、時が止まったが、答えた。「ほ〜〜。石田さんが治療するんですか?」

「はい。私のまわりにも友達にも頭痛の人が多くて、やってあげたいなって思って!先生のこの治療を受けて私は、人生をもう一度もらえたので誰かのために使いたいって思ったんです」「あ、もちろん先生に認めてもらえないとダメなので、ちゃんと自分と向き合って考えたことなんですが・・・」

彼女は、本気に言っていた。頭痛の患者が頭痛治療家になった例は、大きな前例がある。今、その女性整体師は脱サラして開業まで半年で漕ぎつけたツワモノだ。私の開催する塾で最初から育ててる一番弟子だ。隣の豊川市で120万以上の売上を一人で達成した報告を聞いたばかりのことを思い出した。彼女の後ろを歩かせれば、うまくいくだろうと思った。

石田さんは、頭痛とめまいで自宅療養する前はお菓子屋さんのお店を一人で出していたそうだ。見た目のやさしさとは違い、変わった行動をする人物だとは思っていた。あとは、本人が人生をかけて本気でやれるか?どうかを確かめなけらばならない。でも、私はうれしかった。自分で治した患者が、人を救うために私の指導を受けようと希望してくれるのは治療家としてこれ以上の喜びはない。

「先生、私の人生は先生のおかげで大きく変わりました。頭痛が治って、健康になっただけじゃなくて毎日がすごい楽しくなったんです。そうしたらパワーがわいてきて病気になる前より元気かも!これからの人生が面白くなってきました。私、元気です!なんでもやれます!」

たった三ヶ月のドラマがこの整体院で起こった。彼女の人生の大逆転劇が、2015年の夏を飾りました。こんなに苦しみを抱いてる人がいるなら、もっともっと頑張らないといけないと思う。そして、日本の社会が抱える闇を患者さん一人一人が人生のドラマを持って教えに来てくれている。尾崎豊が社会に歌った叫びと、患者たちの心の叫びが似ている。

普通に暮らしたい。自分らしく生きたい。愛のある生活をしたい。

現代社会がロボット化していく中で忘れられていく人情ドラマを私たち頭痛治療家は、になっていくことになるだろう。患者それぞれのストーリーに登場し、彼らの人生のターニングポイントとして整体院がある。田舎の整体院は、今日も大繁盛だ。もうセミも鳴かない冬の町、整体院の電話が鳴る。次の患者がやってくる。新しいドラマの始まりだ。そっと受話器を取って電話に出た。

「はい。日だまり整体院です!」

 

冬の町は、もうすぐクリスマス。新しい季節がやってくるのだ。

〜終劇〜

この物語は、ノンフィクションであり、実在の人物及び団体は架空のものではありません。

愛と情熱のノンフィクション作家 日比大介

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執筆者:日比 大介 (http://hidamari-shot.com/)

5年間、まったく人が来ない田舎の整体院から、「頭痛治療」に特化した整体院に変貌をとげて売上を月商200万まで持っていった男。全国で2000万人を救える頭痛治療技術の伝承のため2015年頭痛治療家を育てる日比塾を創設。後継者の育成につとめている。情熱的なトークと一人一人の身になって考える指導がウリ。一回目で効果の出る頭痛治療のビフォーアフターを素人整体師、セラピストに教えています。歌で世の中を変えることをビジョンに掲げ、ボランティア活動「肩こり体操ライブ」でも活躍中.NHK紅白歌合戦出演予定。

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